仮想空間を現実にするな
- 6月26日
- 読了時間: 3分
電車に乗り込むとき、どこを目指して歩きますか?
職場の休憩室に入ったとき、定位置はありますか?
病院の待合、どこで待ちますか?
日常で席を選ぶ場面はいろいろあると思います。
たとえば「飲食店にグループで入店したとき」とか「会議室に入ったとき」
なんていうのは、席を選ぶ基準が入る時点で決まっている(しきたりって便利です)し、周囲にいる人の滞在時間も大体同じです。
対して電車、休憩室、待合などの「空間に入ってすぐ適当に選ばなければいけない席」は場所が決まっていない。周りの人も動き続け、周りの状況によって最適解も変化していく。これは頻繁に起こるわりに難しい選択だと思います。
先日、Discord公式が「新しいハングアウトの方法」として画像付きポストをしているのを見かけました。
「通話機能を使いながら、画面上の仮想部屋に参加者のアイコンを並べられる」というような内容です。
イヤかも……と何気なく思ったのですがこれは初めての感覚でした。
少し前に「各発言者の位置関係を設定できて、それによって聞こえ方が変化する」みたいな機能を見た時は全然そんな風には思わず、むしろ「へえ、ゲームしてる時とか楽しそう」という感想でした。
通話相手との距離感を設定できるという点では同じようなものなはず。

まず、部屋という空間を想定されることによって、ポンと通話に入りそのまま口を動かせば会話が始まる。そういう手軽さが失われていませんか?何かしらの理由を付けて動かなければならない。これは非常に、めんどうくさい。
現実ではそうも言ってられません。体がぶつかると不快に思わせてしまうし、まずはその場にいる人間と「この空間」という共通認識をもたないといけない。
でもインターネットはさ、インターネットはインターネットですよ。現実の肉体がどんな空間にあろうと、ただインターネットに言葉の波が流れている。そういうものであってほしい。
この願いはけして「画面の向こうにも人がいるんだよ」というインターネットの大切なお約束に反抗したいわけではないという事はハッキリ書いておきますが。
個人として尊重されることと、非実在性の保障は両立できるはずなんです。
あとは、仮想のリラックス空間が現実と同じ方向に寄っていくというのが気に喰わない。はたして本当に「部屋にソファと椅子があって他者がそこに座っている。そこに自分の身を置く」という空間はリラックスするのでしょうか?
仮想空間へのロマンや考え方は世の中様々あれど、日常の延長として肉体感覚をそのまま持ち込みたいという気持ちには今後もならないのだろうなと思います。
そこまで考えて「カワイイアバターを使いたい」という欲求はそうではないのか?という疑問にぶつかってしまいました。「インターネット内の自分」として肉体を模したものを持つなら、現実を模した「インターネット内の自分が存在する部屋」があってもいいですものね。
……でも、やっぱりアバターから先の「場所」「動き」などは持て余してしまう情報だと思います。
仮想空間ってもっと抽象的で、宇宙みたいに漂いながらも他人と居られるのがいいよ……
遠くても近くて、近くても遠いインターネット人間に、私はなりたい……
そんなことをモヤモヤと感じていました。
(VRチャットでピョンピョン跳ね、床を這い、オブジェクトに乗り、あげく壁を見つめて話す寿倉愛徒は、それであってもみなさまの隣人であると思っていますので、どうか優しくしてください)みなさまのインターネットと現実が良い距離にありますように。
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